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可能性の広告

最近、中の人向けの広告が多くなったような気がする。クルマ屋の中の人向けのクルマの広告。保険屋の中の人向けの保険の広告。お菓子屋の中の人の向けのお菓子の広告。

もちろん就職活動の時期には学生向けにそういうのが多くなるし、もともとミラー効果といって、中の人へ周知したりやる気を出してもらうことも見据えている広告は以前からある。

でもなんか、中の人がやる気をなくしているっていう問題がある気がする。「なんのために働かなきゃいけないんだろう」という声をどうにかしなきゃ、という。

経営者は10年後に利益率何%とか、売上何倍とか、ビジョンだとか掲げるわけだけど、働く人がついてこない。

誰かが気絶した場合には、水だ、オーデコロンだ、ホフマン適材だ、と叫ばれる。しかし、絶望しかけている人があったら、「可能性を持ってこい、可能性をもってこい、可能性のみが唯一の救いだ」、と叫ぶことが必要なのだ。可能性を与えれば、絶望者は息を吹き返し、彼は生き返るのである。(キルケゴール死に至る病』)

最近、企業の利益は増えているけど、働く人の給料は増えていないという話がある。いろいろ原因があるらしいが、もらえるお金が増えない中、「私たちの作るものには意味があるよね」という広告は、どこまで効果を出せるんだろうか。